キーワードから紐解く炭平
歴史ある老舗でありながら、時代の変化に応じて事業を拡大してきた炭平グループ。
業態は変わっても、“地域密着型の商い”という原点は変わりません。
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創業400年以上の長寿企業!
江戸時代初期の“炭”からセメントへ - 1614年(慶長年間)に長野市の善光寺門前町で、初代鷲澤家が「炭屋平六」として創業。炭などの燃料を地域に供給する商いが中心で、その後、養蚕器具も扱い、1890年代にセメントの取り扱いを開始しました。第二次大戦後に法人化し「株式会社炭平本店鷲澤平六商店」に改組。2014年には創業400周年を迎え、県内でも最も歴史の長い企業の一つとして知られています。
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現在の社長は
鷲澤家17代目当主 - 創業者は鷲澤平六。以来、当主名は代々継承され、襲名は15代鷲澤平六まで続きました。16 代当主の鷲澤正一は2001年から2013年まで3期12年にわたり長野市長を勤め、現在は17代目、鷲澤幸一が2001年から社長を務めています。
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B to B(企業向け)から
B to C(消費者向け)へ - 拠点は本社のほか、県内5支店に加え、東京、仙台にも拡大。近年はB to Bの卸売業だけでなくリフォーム事業や宿泊事業業など、暮らしに寄り添うB to Cビジネスにも力を入れています。
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えびす講花火大会を支援。
長野県初のセメント販売事業の拡大も - 明治32(1899)年、商工業の発展を目的に始まり、以来、毎年晩秋の長野市の風物詩となっている「長野えびす講煙火大会」。大正5(1916)年には、主催団体である長野商工懇話会の中心人物だった14代鷲澤平六が資金集めに奔走し、日本初となる二尺玉の打ち上げを実現して世間を驚かせました。この14代は明治期に近代産業の基礎であるセメントに着目し、長野県初のセメント販売に尽力した人物としても名を馳せています。
- AC長野パルセイロをスポンサー支援
- 長野市や須坂市などをホームタウンとする地域密着協働型のプロサッカークラブ「AC長野パルセイロ」をユニフォームスポンサーとして支援。運営会社の株式会社長野パルセイロ・アスレチッククラブ取締役を炭平コーポレーション代表の鷲澤幸一が兼任しています。
- 取り扱い商品は1万点以上
- セメントや生コンクリート、土木・建設資材全般、住宅建材(サッシ・システムキッチン等)、左官材料、断熱材、内外装建材、リフォーム・住環境設備など、取り扱う商材や関連商品は1万点以上。各種工事の施工・管理も行っています。
資材価格の高騰、公共投資の縮小、人材不足。
建設業界は今、大きな転換点に立たされています。
そんな厳しい時代だからこそ、私たちは従来の延長線に答えを求めるのでなく、
新規事業への挑戦、BtoC 分野への進出、M&Aによるグループの深化など、
自ら領域を広げることで未来を切り拓いてきました。
根底にあるのが、当社が長年大切にしてきた“炭平らしさ”です。
それは「出る杭を伸ばす」という姿勢と、誠実で真面目であること。
この価値観をグループ全体で共有することで、単なる規模拡張ではなく、
事業拡大がプラスアルファの力へと変わっています。
こうした組織風土のなかで、新入社員の皆さんには、夢をもって入社してほしいと願います。
最初から“出る杭”である必要はありません。
数年かけて知識や経験を吸収し、自分の強みを見つけていけばいい。
会社は、その一歩一歩を全力で応援します。
そして、会社として常にアンテナを張りながら、世界に目を向けつつ地域に根ざす
“グローカル”な視点で、異分野の新規事業に挑戦したいと考えています。
展望は、長野にとって、なくてはならない企業グループになること。
私たちは、まだ進化の途中です。だからこそ、一緒に走ってくれる仲間が必要です。
会社を通じて自分の夢を実現する。
そんな未来を、ぜひ私たちとともに描いてください。
